前回から1ヶ月近くが経過してしまいましたが…(汗)。
続きになります。
8/8(土)
<新潟~吉田 越後線普通>


ホテルでのバイキングな朝食後(ご飯が美味かった)、7:30に新潟駅へ。
越後線へ乗車です。
以前に弥彦神社への初詣方々乗ったことが数回。
当時は115系だったと記憶。。。E127系は初乗車かもしれません。
この車輌もステンレスカーで自重が軽い故か、加速性能は◎。
沿線に新潟大学がある所為か、4両編成は高校生&学生さんばかり。
<吉田~柏崎 越後線普通>





新潟から50分程度で吉田に到着。
駅名版が「四つ股」になっているのは、弥彦線(東三条~弥彦)が交差しているから。
ここで弥彦線に乗って、弥彦神社へ…でも良かったのですが、今日の目的は越後線の完全乗車。
何せ、ココ吉田から先、柏崎まで本数が激減する為、に乗換。
左から2枚目の写真が、越後線の115系の2両編成。ここからはローカルモード。
ついでに、右から2枚目も115系ですが、黄色いこちらは弥彦線。それも、ワンマン対応。
ちなみに、右端の写真。
ちょっと観辛いですが、弥彦山。
越後平野を、えっちらおっちら走って行く越後線。
ですが、こんな「ジェロ」な駅も通ります。
ただ、車窓から海は見えませんが…(苦笑)。


柏崎の右手前で湖?、遊水地?が見えて、終点。
0番線ホームに到着。
吉田から1時間強、新潟から通算すると2時間コース。
ただ、越後線を通して走る列車は稀少。
ココまでで、新潟県は…広い。
ちなみに、駅構内の観光案内を見て、柏崎は上杉謙信の家臣である、北条(きたじょう)高広の領地だった事を初めて知った次第(汗)。
ついでに云うと、家祖は大江広元(鎌倉幕府の初代政所別当…要は源頼朝の信頼厚い官僚)だそうで、毛利家と同じだったのですね。。。
<柏崎~直江津 信越本線普通>


柏崎からは信越本線へ。
ココからも引き続き、新「新潟色」な115系の4両編成。
この辺りだと都市間輸送なのでしょうか?。

この辺りから、海沿いを走ります。
天候が悪く、撮影失敗しましたが…。柏崎の隣の鯨波には、駅前に海水浴場があります。
左の写真は、海に近い青海川。
車内から見ても、ホームに海が迫ってます。
鶴見線の海芝浦と良い勝負かな?。

この写真は、北越鉄道(ほくほく線)と分岐する犀潟。
見るからに途中駅ですが…。でも、北陸新幹線が開通したら、ほくほく線経由の特急「はくたか」をはじめ、この会社はどうなってしまうのか?。
…と、そんな事を思っているうちに、直江津に到着。
<直江津にて>

ここは、信越本線が長野へ方向を変えると同時に、ココから日本海沿岸を西に進む北陸本線の始発駅=JR西日本との境界駅でもあります。
当初、ココから北陸本線を糸魚川へ向う筈だったのですが、諸事情で×。で、そこに待ち受けていたのは…


国鉄時代の寝台電車から通勤型に改造された419系じゃないですか!。
当初の予定だったら…と思うと、悔しい事この上なし。。。
左の写真は、中間車から制御車に改造されたので、国鉄時代の特急型の特徴である高運転台ではなく、切妻になってますが…。

車内には、寝台電車だった頃の名残も。
写真は上段寝台を出す為の扉…だったもの。
流石に、寝台が出てくる訳ではありませんが、この手の改造車輌にしては、取り残された部分が多いのが。。。
っても、あたしは583系が「寝台電車」だった頃に乗った事は皆無ですが(苦笑)。
そんな名残惜しさに、後ろ髪を引かれつつ、改札外~街中へと。

ココにも「愛」の文字が…(苦笑)。
ましてや、「博覧会」まで開催されている様子で、駅前からシャトルバスが出てました。
それを尻目に向った先は…



御館公園へ。
関東管領だった上杉憲政が、長尾景虎(後の上杉謙信ね)のところに「亡命」した際に住んでいた屋敷跡。
謙信の死後の上杉家の跡目争い(御館の乱)の舞台にもなり、小田原の北条家から来た養子の上杉景虎(ややこしいが)の方の本拠だったところ。
でも、今はそんな風情は感じられず、普通の児童遊園でした…(苦笑)。

御館公園の裏を走る線路沿いから、春日山城を遠望。
でも、距離的には案外近いのです。
御館の乱の時、この近さで睨み合っていたせいか、中々手を出せなかったのでしょうか???。
この乱だけは、あたしには結構謎です。
<直江津~春日山 信越本線普通>


直江津駅に戻り、再び信越本線の人に。
ここからは、同じ115系ですが、長野地区のカラーリングの車輌に。
この辺でも、甲府辺りでも良く見られるので、ここに来てなんか近くに戻った感じ?(苦笑)。
ココから一駅だけの乗車へ。
<春日山城へ>

隣の駅が春日山…っても、オードリーは居りませんが…(寒っ)。
春日山城へ向ったのですが…時間が無くて、


山には登らず(拠って謙信公の銅像は見てません)、手前の春日山城史跡広場へ。
昔の掘割の跡、復元された柵などと、春日山城の模型が。。。

あと、お隣の「ものがたり館」を見学。
余り展示物は無かったですが、映像面で色々と説明してくれてます。

林泉寺の手前辺りから、春日山山頂付近を遠望の図。
小山?と思ったのですが、案外標高はある様子。
流石に、攻め落とすには厳しい城です。もう半日時間があれば、上まで登ったのですが…。
1時間程の間で、春日山駅へリターン。
<春日山~高田 信越本線普通「妙高」>

「妙高」号…と聞くので、何?と思ったのですが、何と昔特急「あさま」に使われていた189系車輌が…。
懐かしいですが、ローカルの一駅だけ乗るには、勿体無かったか?(苦笑)。
<高田城へ>

で、次が高田。
っても、「総統」は居りませんが…(更に寒っ)
写真に撮ってませんが、駅前からの商店街、アーケードは新築ですが、各所に風鈴が吊るされ、涼感は勿論、風情を覚えましたね。。。江戸時代からの城下町故でしょうか?。
向った先は、



高田城。
ココは天守閣の替わりに、隅櫓が城のシンボルになってます。
知りたかった内の一つである、文豪家のルーツ。確証は薄いですが、一寸近づけたか?。
隣接の高田公園では、蓮まつりとあって、蓮の花が咲いてました。
妙高山を遠望したのですが、ガスで×(悲)。
あと、この公園の広場では、オクトーバーフェスト…ならぬオーガストフェストが行われてました。
一杯?と思ったのですが、単価が高かった&次の電車が有ったので、残念ながらパス。
<高田~妙高高原 信越本線普通電車「妙高」>



またしても、普通「妙高」の人に。
ココから少し長く乗車するので、国鉄時代からの座席を堪能。
右端の写真、ライナー券のホルダーが。
この車輌を使って、朝夕ラッシュ時に通勤ライナーでもやっているのでしょうか?。



途中で掠めたのがこの写真3枚。
北陸新幹線の工事現場でした。
ルートをキチンと把握してないのですが、コレが開通すると、妙高とか高田辺りは寂れそうですね…。
つか、ココに新幹線が本当に必要なのだろうか?と。

途中で、突然バックをし始めたので、「あれ?」と思ったら、二本木。
今では珍しくなった、スイッチバックがココでは健在。
ついでに、下り電車とも交換。

その時に撮ったヘッドマーク。
昼間走る普通電車で、絵入りのヘッドマークは結構珍しい…かも。
高田から、約45分で、今日の目的地へ。。。
<赤倉温泉にて>

妙高高原に到着。
ここから山を登った赤倉温泉の辺りが、文豪家父方のルーツの地。
以前に訪れたのが、幼稚園の頃なので、丸30年以上振り。
流石に、殆ど記憶に乏しいですが…(苦笑)。

うちの先祖は、江戸時代にこの辺りの庄屋…だったとか。
あたしの祖父さんの代に、東京に出てきて、事業で一山当てたのですが、敗戦と戦後の農地改革の煽りで、スッカラカン。
全盛期は、赤倉温泉に向うこの道沿い全て祖父さんの土地だった…らしい。
段々と没落して行き、流石にその面影は全くありませんがね(苦笑)。
尤もあたし自身も全く手掛かりが無いまま来てしまったので、余り収穫はありませんでしたが。。。


丁度今夜は、盆祭り。
存外な出会いでした。



夜は、新潟麦酒と、越乃寒梅(本醸造)で一杯やりました。。。
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